百冊017:インサイドインテル
これも非常に貴重な本です。インテルインサイド(日本ではインテル入ってる)ではありません。今気がつきましたが、英語ではインが韻を踏んでいて、日本ではテルが韻を踏んでいます。面白い! インテルの内幕を暴露した、非常に興味深い本です。
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2007年現在では、MicrosoftもAppleもLinuxもインテル依存です。結局勝ち残ったのは、x86アーキテクチャです。68系もPower系もありません。インテルは如何にして独占企業となったのか。
インテルの紆余曲折は、凄まじい。設立当時、この会社はメモリが本命と思っていたはずだ。SRAM,DRAM,EPROMなど、この会社の本業はメモリだったのだ。しかし、今はメモリではなくCPUとその周辺チップの会社だ。これは、どうやって実現したのだろう。
最初に、本の紹介をしておきます。この本は、1968年インテルが誕生してから、1995年までの様々なエピソードが綴られている。特に秘密主義として知られるインテル内部で起こった出来事を、取材できた人たちのエピソードとして収録している。インテルのような半導体の会社というのは、チップの製造技術と回路の設計技術から成立している。この本で取材できた人たちは、主に回路の設計技術者が多い。インテルの設立者たちは、ノイス・ムーア・グローブも半導体の製造技術を主に行ってきた人たちである。そこに、回路の設計者のアイディアでマイクロプロセッサーができあがる。しかし、設計者の評価は社内でそれほど高くなく、そこを飛び出す。というようなことの繰り返しが多い。だから、この「インテル・インサイド」は、飛び出した回路設計技術者の話が中心となっている。初期のDRAM、EPROMの成功、マイクロプロセッサーの開発とその紆余曲折、メモリ事業からの撤退、そしてPentiumに至るところまでが、記述されている。その間に、AMDとのセカンドソース、辞めた技術者との法廷闘争、NECとのマイクロコードの著作権、そしてクリーンルームなどの話がちりばめられている。ただし、製造技術関連の技術者の話はそれほどでてきません。やはり、この本の中心は、マイクロプロセッサーの誕生から、その後の混乱をへて、独占的な位置を確保するまでの歴史です。
さて、ここからは、私なりのインテルの整理です。
1970 DRAM、EPROM
1971 4004(CPU) フェディリコ・ファジン、嶋正利
1972 8008
1974 8080
1978 8086 テリー・オプテンダイク、スティーブ・モース
1981 80186,80286
1989 80386,80486
1993 Pentium(80586)
1997 Pentium II
1999 Pentium III
2000 Pentium 4
2006 Intel Core
最初のマイクロプロセッサーを設計したのは、フェディリコ・ファジンと嶋正利でした。テッドホフは、CPU,RAM,ROM,I/Oの構成を考えましたが、実際に設計したわけではありません。その後の8080、Z80の設計には、嶋正利が参加しています。ところが、8800やZ8000などは、コンパチビリティがないために市場に受け入れられませんでした。すばらしい技術者で美しい設計であっても、コンパチビリティのないものは、市場から消えている、という教訓は重要だと思います。この30年間をみても、マイクロコードがどうこうという問題ではないことだけは確かです。そして、インテルはPentium、Intel Coreを出し、独占的な地位を確保する。(PCがx86、ゲームがPowerPC、組み込みや携帯は、日立やARMという棲み分けが完了という言い方が正しいかもしれない。)
インテルが生き残った理由は、何だったのか。製造技術もあるし、周辺チップの性能もあるし、pentiumの設計もあるだろう。これらが渾然一体となったとしかいいようがない。
この会社は極度の秘密主義で見えない部分が多い。しかし、AMDはあるにしてもCPU市場を独占していくことは変わらないだろう。1995年~現在に至るインサイドインテルが読みたいのだが、そんな本はあるのだろうか。
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